第1話 『ホシガミエマス ☆彡』        担当:初恋双葉


2/14 PM23:45。
  私は手の中の青いビンを見つめていた。


少し遡る。
新年を迎えたとは言え気持ちを新たにする間もなく一週間が経ち、
私は実家のある広島から、大阪の小さな部屋へと帰ってきた。
カーテンを開け、沈みかけの大きなオレンジを見つめる。
『彼は、また・・・』
私はカーテンを閉め、机の引き出しから一枚のプリントを取り出した。
大学の予定表だ。明日からまた行かなければならない。
私が通っているのは、街を見渡せる場所に3年前建てられたばかりの新設校舎だ。
良く言えば美しい自然に囲まれた、悪く言えば世間から隔離されたような山上に建つ、
良く言えば近代的で機能美のある、悪く言えば無機質で味気のないデザインの校舎で、
すでに3年間を過ごしている。
授業の内容はいまだによく解らないけれど、友達はそれなりに出来たし、
高校の時の彼氏とは2年前に別れたけれど、一人の生活にもまあ慣れた。
講義が終わると、バスに30分ほど揺られながら駅まで下りる。近所のスーパーで半額になった惣菜と大好きなチョコレートのお徳用パックを買い、ビニール袋を提げた腕を振り子時計のようにしながら公園を通り抜け、6畳の城へと帰る。買ってきた惣菜でテキトーにごはんを食べ、お風呂に入り、夜中にチョコレートを食べながら一人で格闘ゲームに燃える。朝、歯磨きをしながら体重計に乗り、しばし固まる。そしてまた大学へと続くバスに揺られる ─── 内容の理解できない講義を聴くために。
これが私、光田夕実の日常。だった。

また少し遡る。
私の平凡な日常が愛すべき生活へと変化したのは、半年ほど前のこと。
いつものように腕を振り子時計にしながら公園を通り抜けようとしていたら、
「待って!」
という声が耳に飛び込んできたのである。
園路から小さな林を隔てて作られた、ブランコやすべり台などの遊具がある場所からだ。
林をぐるっと廻りこんで見ると、ジャングルジムの上に男が立っている。
他に人はいない。ブランコにも、すべり台にも。
さっきの声は、この男のものだ。
男は空を見ている。もう一度言うが、他に人はいない。
「お願い、待って下さい!」
男がまた言った。空に向かって腕を伸ばしている。
『・・・うわぁ、変な人だ・・・』私はこっそりとその場を離れた。

次の日。同じように公園を通り抜けようとしていた私は、なんとなく気になってジャングルジムを覗いてみた。
居る。あの男が、また空を見上げている。
いい大人の男が一人で子供用の遊具の上に。見るからに怪しい図である。
ここからでは背中しか見えない。私は好奇心に動かされ、林に隠れながら男の顔が見える位置へと移動した。
そして、見てしまったのである。男は泣いていた。
空を見上げる男の頬に、幾粒もの涙が伝っては落ちていく。
私はびっくりして、園路へと飛び出した。
部屋に帰ってからも、しばらく男の顔が頭から離れなかった。
なぜか、その涙の理由を知りたいと、強く感じた。
次の日も、その次の日も、彼はジャングルジムの上に立っていた。
そして、彼の様子を見に行くことが、私の新しい日課となったのである。

男は20代半ばくらいの感じで、身長は175センチくらい。
髪は少し長めで、色素の薄い、柔らかそうな髪質。
一重の、横線を引いたような目に銀縁のメガネをかけ、すっとした鼻すじの下には唇の厚い大きな口がついている。
なかなかかわいい顔立ちだ。(一般的にはわからないが、とりあえず私の好みではある。)
見た目はごく普通の学生、もしくはフリーターの体である。
ただ普通と違うのが、いつも同じ服を着ているのだ。
淡いブルーのボタンダウンのシャツに、ベージュのパンツ。オフホワイトのスニーカー。
それで最初は、まだ若そうなのにホームレスなのかしら、と思っていた。
ところが不思議なことに、服も髪や顔も、いっこうに汚れる気配がない。いつ見ても、まるで新品の服を着ているようなのである。
『オバケのQちゃんみたいに、クローゼットの中に同じ服が何着も・・・』
そんな訳がない。
白状する。彼がどんな生活をしているのか確かめる為に、尾行する機会を毎日窺っている。
こうなると私も立派な変態だが、変化のない日常の中で、この小さな謎との遭遇は何だかとても甘美なものに感じられた。
ところが、毎日、何時間と様子を窺っていても、彼はそこから降りる気配がない。
ずっと、飽きることなく空を見上げている。そのうちに夜になって、私は諦めて部屋に帰るのである。そして朝。どんなに早く起きても、彼は私よりも先に来て、鉄の城の上に立って空を見ているのである。
私が彼を見つめる時間は日に日に長くなり、今では一日の4分の1ほどにもなった。


「異常やね」
口に入れたオムライスをまだ飲み込まないうちに、テーブルをはさんで私の向かいに座っている女が言った。私もうどんをすするのを止めて、
「だよねぇ。」
「あんたが、や。変態。」すかさず女が切り返してくる。
容赦ない言葉を繰り出すこの女、名は乃村紗穂。
背が低く、顔も目鼻立ちもミニな感じ。胸以外はLサイズな私とは対照的だ。
大人しそうな印象のわりに、言う事はキツイ。一応、私の親友。
「親友に対して、変態はひどくない?」
「親友やから言うたってるんやん。」
そうなのか。そういうものか?
「その男、どう考えても怪しいやん。そんなヤツ尾行して、もし危ない目ェにでも遭ったらどうすんのん?」紗穂がスプーンを私の鼻先でくるくると回す。
「そんな危ない人って感じはせぇへんけど・・・」
「あんたの判断はまっっっっっ・・・・ったくアテにならん。」
そんなに力込めて否定しなくても・・・
「そうでなくてもあんたは、人一倍騙されやすいんやから。」
「あの人は違うと思うなぁ。紗穂だって見たらわかるって。なんか、のほほんって顔しててねぇ、人のこと傷つけたりしなさそうで・・・」
「そんなん、なんでわかるん。」
「あの涙の色を見ればわかるもん。純粋な色してたもん。」
紗穂が口をポカンと開けた。あら・・・? 中身見えてるよ。飲み込んでから開けて。
「あんた・・・まさかそいつに恋でもしちゃったんじゃなかろうね?」
今度は私が口ポカンの番だ。そんな事・・・だって話したこともないし。
ただずっと見てるだけ。ただ、彼についてもっと知りたいと思うだけ。
紗穂が小さな目をさらに細めてこっちを見た。そして・・・
「よっしゃ、うちも見に行ったろやん。」
「え?」
「鉄の城に囚われた王子様がどんな男なんか、うちが見極めたる」

紗穂と二人で林の中に隠れると、その日も変わらず、夕日に照らされて彼が立っていた。
「アレか。なるほど、ナマコみたいなボヤっとした顔やな」
「ナマコって、顔あるん?」
「言葉のアヤや。」
それって違うと思う・・・
「それにしても、やっぱおかしいで。半袖て。」
そうなのだ。もう11月。そろそろジャケットを脱いで、厚めのコートに着替える季節。
なのに彼は、出会った頃の、半袖のボタンダウン・シャツのままなのだ。
「まぶしいな」紗穂は眉間にシワを寄せた。私も、光に縁取られた彼の顔を見つめた。
あの日以来、彼の涙は見ていない。
無表情でボーっと空を眺めている。
何を考えているんだろう。空の上に、一体何があるの?

ふと気付くと、隣に座っていたはずの紗穂の姿が消えていた。
ハッとして見ると、なんとジャングルジムの方に歩いていくではないか。
「サホ!」
しまった、と思った時にはもう遅い。
林から飛び出て叫んだ私の声に、彼が一瞬びくっとして、ゆっくりと視線を下ろした。
「そんなとこで何してるん」紗穂が彼に話しかける。
私は緊張した。何ヶ月も彼を見てきたが、一度も話しかけたことはなかった。
初めて見た時以来、声を聞いていない。
「なぁ。何してるん。」
彼は、突然の来客に戸惑っているようだった。視線が私と紗穂の間を行ったり来たりしている。
「なぁて。何か見えんの?」 ──『いらち』の紗穂が、眉を上げて続ける。
「ごめんなさい!」
なぜか私は頭を下げて謝っていた。
なんとなく、彼の大切な時間を邪魔してしまったような気がしたのだ。
「紗穂、行こう。」
「えぇ、もう?」
私は紗穂の腕を引っ張った。早く彼の前から消えなければ、顔から火が出そうだ。
火が出るだけならまだしも、爆発してしまうかもしれない。危険だ。

その時、雪のようにふわりとした音が上から降ってきた。
「星が見えます」
最初、それが言葉であると認識できなかった。
それほどパニックに陥っていたのかもしれない。私は彼の顔を見上げた。
糸のような目の奥の、涼しい瞳がこっちを見ている。
「星?」
紗穂の声で私は我に返り、彼の言葉は、先ほどの紗穂の質問に対する答えだと理解した。

                                   つづく


第一話の筆者: 初恋双葉 のコメント

  いやぁ、いっぱい書いちゃった。これちゃんと最後まで読む人いるのかな?
  いるよね。いて下さい。(読んでない人は当然このコメントも読んでないが)
  栄えある第一話担当ということで、みどっぽさを意識してコバルト風味にしました。
  これからどうなっていくんでしょうね。
  男は一体、何者なのか。
  そして、誰もが忘れているが、最初に出てきた「青いビン」は一体何なのか?!
  今後の展開に、乞うご期待でございます。(無責任な話だ()

第二話の担当:うみみ(がんばってね〜!)