第8話『ともだち』 担当:あき翆
もう訳の分からないことばっかりだ。
現実なのか夢なのかはっきりしない出来事たちが、ぐるぐると頭の中をまわり続けている。
チャイムのような音が脳に鳴り響いて、スッと体温が下がっていくのがわかる。
ナニガオコッテイルノ
カレハドコニイルノ
ジカンジクノユガミ
ホントウノ ワタシハ
「うわぁぁぁぁーーーーっ・・・ごほっ、げほげほ」
激しく咳きこむ。叫んだ拍子に黄身が気管に入って息ができない。
小さな冷蔵庫の扉をあけ、紅茶のペットボトルをつかんで一気に流し込む。
のどがごくごくと鳴り、そのかすかな甘みをともなった冷たさが、私を少しずつ現実に引き戻していく。
手をほおに当て、つねってみる。
・・・痛い。
さらに引っ張ってみる。
・・・かなり痛い。
どうやら夢ではなさそうだ。少し整理を試みる。
ゆで卵が言ったことを思い出してみる。そして、赤いビンの中で見たこと。
とても不思議だけど懐かしい宇宙のどこかの家の風景。鍋をよそう母と白衣の父の姿。
私がこれまで生きてきたと思っていた過去は作られた偽物だったってこと。
憧れの彼と共通の話題が欲しくて彼の好きなCDをこっそり買ったこととか、夕暮れの土手道を彼の自転車の後ろに乗って、しがみつく胸の鼓動が止まらなくてバレちゃわないかともっとドキドキしたこととか、初めてバレンタインのチョコレートを自作して味見で自分で食べちゃったこととか、それも全部偽物で・・・
あ、だめだ。悲しくなってきた。
脱線せずに整理しなきゃ。
でも、そんなのってあんまりだよ。
「夕実、あぶないから部屋の鍵はかけときってあんだけ・・・なにしてんの」
ずかずかと部屋に入った紗穂の目に、ぼーっと突っ立って自分のほおを思いっきりひっぱりながら涙をぽろぽろとさせている夕実の姿が映った。
「バカ?」
夕実はぼーっと狭い部屋の中でどこか遠くをみたまま、紗穂に答える。
「考えてたらなんか悲しくなってきて」
「は?」
「だって、私って私じゃなかったんだって」
全然理解できない紗穂。こんなやつと友達やってていいんだろうか、と紗穂の脳裏に夕実と知り合ってからもう何度目かわからない疑問が浮かぶ。
「夕実!」
思わず大きな声を出す紗穂。
「あ、紗穂・・・どうしたの?」
「どうしたのちゃうやろ!アンタこそなにやってんの。ほっぺつねって泣きながら訳わからへんこと言うて」
「えっ、あ」
慌ててほおから手を離す夕実。長くつねっていたため真っ赤になったほおに涙の後が残り、まるで子供のようになっている。
「紗穂、いつ来たの」
「さっき。チャイム鳴らしても全然返事してくれへんし、鍵あいとるし、あんたほんま女の子の一人暮らしやねんからもうちょい考えなあかんで」
「ごめん」
「まぁええわ。あのな、あんた正月実家帰んの?帰らんでええんやったら、年越し宴会せぇへん?」
「実家帰る・・・あ、どうしよ。宇宙にはどうやって帰るんだろ」
「うちゅう?」
「あ、そうか。えっとね紗穂、私も今日まで知らなかったんだけど、私の実家ってどこかの星みたい」
「そうかー、うちもあんたは絶対他の星の生まれや思てたで。って、おもろない!」
バシッ!
紗穂が夕実の頭をどつく。
「痛い・・・」
「えーかげんにしとき!」
「だって、本当やもん」
夕実の目がじんわりうるうるして、大粒の涙がこぼれ出す。
「泣くな!あんた子供か!あーもう、うちが悪かった。手加減なしでつっこみすぎたわ」
涙で紗穂の顔が見えなくなってきた。頭がまたぐるぐるして気分が悪い。そのまま視界が暗くなっていく。
「ちょっと夕実、ごっつう顔色悪いで。大丈夫?夕実?ユミっ!?」
小さな紗穂に身体を預けるように、ゆっくりと倒れ込む夕実。抱きしめるようにして何とか受け止める紗穂。
「サホ・・・」
「ほらしっかり。目ぇつむって、深呼吸して」
紗穂に抱かれたまま言われる通りに何度も深く息をつく。視界がゆっくり戻ってくる。心配そうな紗穂の顔。
「あんた、ほんまになんかあったんか?」
「私にも、何が何だかわからないの」
「とにかく、落ち着いて話してみ」
「うん」
私の話はきっといつも以上に要領をえていなかったと思うのだけど、紗穂は黙って最後まで聞いてくれた。でも私が話し終えた後の彼女の第一声はやっぱり、
「あんたおかしいんちゃう」
あっさり切り捨てられた。
「ひどい」
「多分夢だって」
「違うの!」
「そんなわけわからへん話、なんでほんまやって言いきれんの」
「それは、だって」
「だって?」
「本当だって気がするから」
私の言葉に紗穂は脱力したようだ。確かに私だって夢とか幻じゃないかと思う。でも違うのだ。なんて言っていいのかわからないけど、私の中にそれを否定できない感覚がある。理屈じゃなくって。
それに・・・
「ふぅ、もうえぇわ。で、どうすんの?」
ようやく立ち直ったらしい紗穂が言った。
「え?」
紗穂はこたつの上に転がっていた青いビンを持って、私の胸に突きつけた。
「どうすんの?あんた、気になんのやろ。その愛しのニシカワさんが」
「・・・」
そうだ。その通りなのだ。過去がどうとか本当は星の生まれだとか、もちろんすっごくショックだったけど、そんなことは関係ない。私の心に留まって仕方ないのは。
「会いに行くっ!」
偽物の記憶の彼にそっくりな、4人の彼。
私は青いビンを紗穂から奪い取るようにつかんで握りしめ、立ち上がった。
「・・・ほんま、この歳で恋する乙女が似合うんは、あんたぐらいやわ」
「紗穂、ありがとう」
「伊達に夕実の親友やってへん、ちゅうことで」
「うん」
私は押入の前に立って、深呼吸ひとつ。
そして古めかしい引き戸に手をかけ、思い切って開いた。
軽いめまいのような衝撃。柔らかい光が広がり、まぶしさに思わず目をつむる。
「うわっ」
紗穂の声が聞こえる。
まぶたにぶつかる光の粒が少なくなっていくのを感じて、ゆっくりと目を開く。
そこは、薄く光に包まれた、上も下もない、ぽっかりとした空間だった。
そのただ広くどこまでも続くような空間の中にぽつんと、私と紗穂、そして黒豚が一匹。
「・・・なんかうちまで巻き込まれてもぅた。ここどこよ。それに、なんやねんこの豚」
紗穂が憮然とした表情で、まるまると栄養状態の良さそうな黒豚を見る。
「さぁ・・・」
黒豚はどこか西洋風の顔をしていた。黒豚が不意に口を開く。
「ひどいなぁ、もう忘れちゃったんですか。私ですよ、チャモ!」
「うあ、豚がしゃべった!」
紗穂が驚く。
「えっ、あなた、だって、たまごだったじゃない。それにさっきしばらく充電するって」
「事が緊急を要してきたので、あなたのお父様が援軍を派遣して下さったのです。そいつが、急速充電装置を持ってきてくれたので」
「援軍?どこにいるの?」
「私の上に。ほら、姿をあらわせプケ」
ブゥン。空気が振動して、忍者装束の小さな金魚がチャモの上にあらわれた。
「光学迷彩だ」
プケという名前らしいその金魚は、消えたら現れたりしてみせている。
「わ、消えたり現れたりできるのね。すごいプケさん!」
「もうあかん。うちの常識がどっかいってまう。夕実、あんたすごいわやっぱ」
頭を抱える紗穂。
「チャモ、ニシカワさんはどこにいるの?」
「向こうです」
チャモが鼻をどこかに向けるが、短くてよく分からない。
「あんまり時間はありませんよ。この空間では、時間がものすごい早さで進むんです。うかうかしてるとあっというまに2月です。2月の満月と3月の星の逢瀬が過ぎてしまったら、取り返しのつかないことになる。あなたも、ご両親も・・・」
シリアスな顔で意味深なことを言う黒豚チャモ。
私はその言葉に引っかかり、チャモに問い返す。
「取り返しのつかないことって?」
「彼に会えばわかります。さあ、行きましょう」
つづく
第八話の担当:あき翆のコメント
もはや何も言うまい・・・
と思ったけど、とりあえずごめんなさいm(__)m
バレンタインホワイトデーな感じがなくなってきたなぁと思って、少しおんなのこな感じにしようと思ったら、文字数少なく恥ずかしくのティーンズハート以下まで対象年齢が下がってしまった。
ま、次回は冒険モノということで。
しかしホントに進んでないなぁ。あと2話で最低、大イベントを2つこなさないといけないというに。
第九話の担当:チャムチャチャイ(キーッおぼえてらっしゃい)
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